られなければならないことになっている。

     9

 とにかく、あめりかの空気は明るい魔術だ。一種の同化力をもっている。子供にすぐ反応する。行って一月も経たない子供が、喧嘩する時にもう日本人のように手を挙げずに、すぐ拳闘の構えで向って来る。それはいいが、一ばん始末のわるいのが、ちょいと形だけアメリカ化《ナイズ》しかかった欧州移民の若い連中だ。きざ[#「きざ」に傍点]な服装《なり》にてにをは[#「てにをは」に傍点]を忘れた英語を操って得とくとしている。あるとき僕が、日本人のH君と公園のベンチに腰をかけて、何か日本語で話し込んでいたら、こんなのが十四、五人集って来て、
「おい、支那人、アメリカにいる間は英語で話せよ。」
 ここにおいてかM大学弁論科首席のH君、歯切れのいい英語で一場の訓戒を試みて、やつらをあっ[#「あっ」に傍点]と言わしたのだが、そのときは僕も愉快だった。この民族的な痛快感というものは一種壮烈な気分である。が、それはそうと、外来移民の子弟と黒人とユダヤ人の問題をどう処置するか――これが今後のアメリカにおける見物だ。



底本:「日本の名随筆 別巻31 留学」作品社
   1993(平成5)年9月25日第1刷発行
底本の親本:「一人三人全集 第四巻」河出書房新社
   1970(昭和45)年3月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2008年1月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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