は祖先の鴻大無邊なる恩惠に對して、現當の幸福を感謝せずむばあらざるなり。是の如き本能を成立し得むが爲に費されたる血と涙と生命と年處とは、道學先生が卓上の思索に本ける道徳などに較ぶべきものにあらず。吾人は祖先の鴻恩を感謝すると同時に、是の貴重なる遺産を鄭重に持續し、是の遺産より生ずる幸福を空しくせざらむことを務めざるべからず。而して是を務むる所以のものは、吾人の所謂る美的生活、是れ也。

     五 美的生活の絶對的價値

 美的生活は、人性本然の要求を滿足する所に存するを以て、生活其れ自らに於て既に絶對の價値を有す。理も枉ぐべからず、智も搖《うご》かすべからず、天下の威武を擧げて是れに臨むも如何ともすべからざる也。然れども道徳的并に知識的の生活は其の本來の性質に於て既に相對の價値を有するに過ぎず、是を以て己れより優れるには輙《すなは》ち移り、己れより強きものには輙ち屈す。昨是今非、轉々として底止する所を知らず。道徳哲學の歴史は是の流轉の歴程を示して餘りあるを見ずや。
 其の價値に於て既に相對たり、エキストリンジックたり、道徳、知識の上に安住の地を求めむとするは蓋し難い哉、道徳の上より
前へ 次へ
全18ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高山 樗牛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング