っていました。
 すると、また後藤君が見え、
「高村さん。平尾さんの、あなたに対する力の入れ方は本当に真剣の話です。串戯《じょうだん》ではないのですよ。この間もあなたに話した家持ちにしたいという一件……あれを是非実行したいといわれるのです。無論あなたは学校の勤務もあり、家《うち》では差し迫った仕事のある身で御多忙なのは平尾さんも万々《ばんばん》承知。ですからあなたに面倒は少しも掛けず、何事も平尾さんの手でやってしまうというのです。どうですか。折角これまでに尽くしてくれるのですから、あなたも承知なすったら、どうでしょう。今日は私は平尾さんの意を受けてあなたの御返辞を確《しっ》かり承りに来ました」
 こういう話。私はこうなると、何事も打ち明け話をしなければ理が分らぬと思いましたから、
「平尾さんのお志は感謝しますが、実は、私も貧乏の中で娘を亡くし、いろいろ物入りもして、今日の処少しの貯《たくわ》えもありません。仮りに家をこしらえてくれる人があったとして、引っ越しをする金もありません。……といったような有様ですから、ちょっとお話しに乗る気もしませんが、今のお話によると、すべての事を平尾さんが
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