のに大変……少し降りかけた処に一本の栃の木が天を摩《ま》して生《は》えている。
「これだ。お前さんに売ろうという木は……」
と老爺は指《ゆびさ》しました。
 なるほど、話の如く、それは実に立派な栃の木で、幾千年をも経たかと思われる。
「どうも素晴らしい樹《き》ですな」
と後藤氏も幾抱《いくかか》えもあろうというその幹を見ております。
 老爺が寸法を取ると、廻りが二丈余、差し渡し七尺幾寸かある。
「どうだね。七尺からある。三円は安いもんだ」と老爺は独語《ひとりごと》のようにいっております。全くその通りで私は三円でその樹を買い取りました。

 さて、木は買いましたが、これを東京へ運ぶのが大仕事……どういうことにするかというと、今は三月ですから、五月までには浅草の花川戸《はなかわど》の河岸《かし》まで着けるという。その運賃はと聞くと、三十円位で出せるという。まずそれ位。多少相違はあっても大したことはないということ。それから立木を切り倒し、六尺ずつ二つに切って、これを中通《なかとお》しをして四ツにする。その木挽《こびき》の代が十円ほど。木代、木挽代、運賃引ッ括《くる》めてずっと高く積ってまず四
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