地はない処。畠《はたけ》はあるが、畠には一面に麻を植えてあります。鹿沼は麻の名産地といわれる位の処で、垣根も屋根の下葺《したぶ》きもすべて麻柄《おがら》を使ってあって、畠は麻に占められているから、五穀類は出来ません。それで住民は何を食物《くいもの》にしているかというと、栃の実を食べている。栃の実を取って一種の製法で水に洒《さら》して灰汁《あく》を抜き餅に作って食用にしている。それで、栃の木の所有は田地の所有と同じ格で、嫁入り婿取りなどに、栃の木何本を持って行くとかいって、数の多いのが有福の証となった位、栃の木はつまり食い料でありますから、この近在に栃の木の多いのも道理《もっとも》のことであります。
しかし、今は栃餅のはなしもなくなりました。その後、足尾銅山が開けて交通が便利になって以来、栃餅を食うことはやみました。銅山の仕事で、土地にも金銭が落ちる。銅を積み出した荷の帰りは米を積んで来ますから、五穀はふんだんに這入って来るので、余り旨くもない栃餅を食べるものはなくなった次第です。こうなると、栃は厄介《やっかい》なものになってしまい、場ふさげで、値もなくなったから、切り倒して焚《た》い
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