れはまだ老人というわけでもなく、また、今日まで多少美術のことに力を尽くして来たとはいうものの、まだ歳月も浅し、経験も浅く、功績というほどのことを残したと思うほどのこともない。それにもかかわらず、他の老巧の人々と同じように、われわれ両人が特にこの恩典に浴したことは、実に有難いことで、これを思うても、今後はさらに一層勉強しなければならないと話し合ったことでありました。
そして、また我一己として考えて見ますに、私は難儀な世の中に生まれ、彫刻などいうことは地に墜《お》ちてほとんど社会から見返られなかったにもかかわらず、今日、ゆくりなくもこうした光栄を得たことを思うと、自分の過去が不幸であったに反して甚だ幸運であると存じました。これというのも、当時、年の若いものの中には、石川光明氏とか自分とかをおいては他に相当の人物が見当らなかったためにこの人数《にんず》の中へ加えられたのであろうが、今日にしてこの事のあるということは全く時の力であって、まことに不思議とも思われ、何んと申して好《い》いか、過去のことを振り返ると、感慨無量とも申すべき心持でありました。それで、今日でも思うことでありますが、人間の
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