いって満足の体であったが、氏はちょっと話頭を更《か》え、「高村さん、いよいよ話が極《き》まったら、一つ早速|実行《やっ》ておもらいしたいものがある……」そういって女中を呼んで持って来させたものがあった。
「それは美術学校の正服《ふく》です。一つこれを着て下さい」
といって、岡倉氏は自分でその服をひろげ、強いて私を起《た》たして背後《うしろ》から着せてくれましたが、袖《そで》を通すと、どうも妙なもので私は驚きました。私は心の中で、憲法発布式の当日に竹内さんが着て行列の中に混っていたというのはこれだなと思ったことでした。これは岡倉氏の意匠で学校の正服に採用された闕腋《けってき》というものだそうで、氏は私に着せてから、
「それを明日から着て学校へ出て下さい。今日もそのままでお宅へ帰って下さい」
などいわれるので、私はこれには大いに閉口しました。
「いずれ学校へ出るときまりましてから着て行くことにしましょう」
といってその場は済んだが、それから、それを着て出るのが苦労になりまして、どうしても、それを着ては何んだか身に添わないような気がして、戸外に出られないので、一度着たものをまた脱いで、羽織袴
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