き受けは致したが、何しろ押し詰まってのことでその年はどうにもならず、明けて明治二十一年、新春早々から取り掛かりました。普通、庶人の注文とは異なって、宮中の御用のことで、わけて御化粧の間の御用具の中でも御鏡は尊《とうと》いもの、畏《かしこ》きあたりの御目にも留まることで、仕事の難易はとにかく事《こと》疎《おろそ》かに取り掛かるものでないから、斎戒沐浴《さいかいもくよく》をするというほどではなくとも身と心とを清浄にして早春の気持よい吉日を選んでその日から彫り初めました。
 木取りは御造営の方で出来ていて、材料はチャンと彫るばかりになって私の手へ廻されておりますので、こっちは鑿《のみ》を下せば好いわけであります。そこで彫るものは葡萄に栗鼠というので、ざっ[#「ざっ」に傍点]とした下図も廻っている。まず、従来から誰でも知っている図案であるので、葡萄は分っている。栗鼠も分っているが、栗鼠は生物で、平生《ふだん》から心掛けて概略は知っているものであるが、いざ、これを手掛けるとなると、草卒《そうそつ》には参らぬので、栗鼠を一匹鳥屋から買いまして家《うち》に飼うことにして、朝夕その動作を見るために箱の
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