かったが、師匠がその屋敷を買い取ることになって、一時、向島《むこうじま》へ預けて置いたが、預かり主が風のよくない人で、預けた材木が段々減って行くような有様なので、師匠は空地《あきち》を見附け、右の三枝家から買い取った家の材木で家作を立てました。この家がすなわち前お話した堀田原の家。師匠の姉のお悦さんの住んでいた家であります。お悦さんは私の養母であって、私も其所《そこ》に寝泊まりをし、後には一家すべてが引き移ったのです。座敷など三枝家の時とそのままで武家風な作りであった。
当時、竜之介氏も他の旗下衆の人たちと同じように一家の事も充分でなかったと見え、或る日、東雲師の家に来られて、
「東雲さん、私も、どうもこの頃運が悪くて困る。一つ運が好《よ》くなるように、縁喜直《えんぎなお》しに大黒《だいこく》さんを彫ってくれませんか」
という頼み、師匠も尋常《ただ》ならぬ三枝氏の頼みだから、「それは、早速彫りましょう」といって和白檀で二寸四分の小さな大黒さんを彫って上げました。すると、それが大変竜之介氏の気に入ったのでした。というのは、木の木目《きめ》の玉《たま》が、頭巾《ずきん》にも腹のところに
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