留めて置きたいと思っておったことであったが、今日はちょうどよい折とも思いますから一通り話しましょう。

 幕府瓦解の後は旗下《はたもと》御家人《ごけにん》というような格の家が急に生計《くらし》の方法に困っていろいろ苦労をしたものであった。
 その頃、旧旗下で三枝竜之介《さえぐさりゅうのすけ》という方がありました。この方の屋敷は御徒町にあった。立花家の屋敷を前にした右側(上野の方から)にありました。禄は何程《いかほど》であったか、七、八百石位でもあったか内証豊かな旗下であった。
 この三枝家が私の師匠東雲師の仕事先、俗にいう華客場《とくいば》であったので、師匠は平常《ふだん》当主の竜之介と極《ごく》懇意にしておりました。その中旗下は徳川の扶持を離れ、士族になって、世の中の変るにつれ今までの武家の格式も棄《す》て、町人百姓とも交際《つきあい》をせねばならなくなったので、私の師匠は従前よりも一層親しく三枝家の相談を受けておったことでしたが、三枝家でも世変のためにいろいろ事情もあって、今までの屋敷が不用になったから、それを売りたいというので師匠は相談を受けておった。けれども、他に好い買い手もな
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