|南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》の御名号《おんみょうごう》が書いてある。それが一束々々になっているが、一束が千枚あるか、二千枚あるか、実に非常な数である。
「どうもこれは驚きました。これをお嬢様がお書きになったのでございますか」
「さようで……」
「何か御心願でもあってこんなに御丹精をなされたのでございますか」
「さあ、どうで御座いますか。あの娘の心持は私には分りませんが、何んでも毎日の勤行《ごんぎょう》のようにして、幾年か掛かって書きためたのですが、一心の籠《こも》ったもの故、こうして置くのは勿体なく……」
「なるほど、宣《よろ》しゅうございます。では、これは隅田川《すみだがわ》で川施餓鬼《かわせがき》のある時に川へ流すことに致しましょう。焼いて棄てるは勿体ない。このまま仏間になど置きましてもよろしいが、それより川へ流せば一番綺麗でよろしゅうございましょう」
「では、どうか、よろしく……」
というような談話《はなし》をして、三枝未亡人は帰られました。

 それから、その年の夏に隅田川で川施餓鬼のあった日、師匠は私を呼んで、これを吾妻橋《あずまばし》から流すようにといいつかりました。

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