から、やはり疑惑を懐《いだ》き、先方の仕打ちを面白く思わないのも道理《もっとも》な次第です。また、柏木貨一郎氏の心の中には種々《いろいろ》辛《つら》いこともあったでありましょう。しかし、当人に傷の附かない中に綺麗《きれい》に還《かえ》すということが、この際何よりのことと最初から思い極《きわ》め、お綾さんのために後々のことを心配し、また自分にも用心をして非常にたしなん[#「たしなん」に傍点]でいたものらしいが、そういう深い実情は三枝家の方には分りようもなく、ついに双方の間に意思の疎通を欠いたまま不縁となったことはまことに残念なことでありました。
 私の師匠もこの間に挟《はさ》まって、いろいろ斡旋《あっせん》しましたことはいうまでもないが、何しろ、一方のお袋さんが、嫁を貰う時には貨一郎氏が何んといっても自分先に立って極《き》めてしまい、少し気に向かなければ、なかなか気随者《きずいもの》で、いい張ったとなると、誰が何んといっても我意を張り通すような有様で随分|手古摺《てこず》らされたような塩梅《あんばい》でありました。私は小僧のことで直接にはそういう交渉に当ったわけではないが、毎度、これらの
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