んで、池を飛び越えて向うへ立ってスリの立ち廻りを見物していたそうで、私は、いつもながら、年は老《よ》っても父の機敏なのに驚いたことであった。

 こんな、中途の故障で、どうも仕方がないから、私たちは後始末をして帰ることにした。八分通りは売ったので、まあこれで引き上げようと父は帰りましたが、まだ売れ残りがあるので、私はそれを持って帰るのも業腹《ごうはら》で、私は、これを売ってから帰りますと後に残りました。

 私は二十本位の熊手を担ぎ、さて、どうしたものかと考えたが、一つ吉原《よしわら》へ這入《はい》って行って売って見ようと、非常門から京町へ這入ると、一丁目二丁目で五、六本売り、江戸町の方へ行くまでに悉皆《しっかい》売り尽くしてしまいました。店の女たちが珍しいので、私にも、私にもといって買い、格子先に立ってる嫖客《きゃく》などが、では、俺等《おれたち》も買おうと買ったりして、旨くはけ[#「はけ」に傍点]てしまったので、私も大いに手軽になってよろこびました。
 私は空手《からて》になってぶらぶら帰りました。
 その頃は、もう、ぞろぞろと浅草一帯は酉の市の帰りの客で賑わい、大きな熊手を担いだ
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