んど出盛りのテッペンと思う頃、仕事をしに入り込んでいた攫徒《すり》の連中が、ちょうど私たちの店の前で喧嘩《けんか》を始めた。これは馴《な》れ合い喧嘩というので、その混雑の中で、懐中を抜くとか、売り溜《だ》めを奪《と》ろうとかするのです。それ喧嘩だというと、大勢が崩《くず》れて、私たちの跳ね出し店の手欄《てすり》を被り、店ぐるみ葭簀張《よしずば》りを打ち抜いて、どうと背後《うしろ》まで崩れ込んで行ったものです。ところが、背後は池の半分|跳《は》ね出しだから、池の中へ群衆はひと溜まりもなく陥《お》ち込んでしまった。
 私はちょっと用を足しに他《わき》へ行っていたのでしたが、帰って見ると、店は粉微塵《こなみじん》になっている。池へ落ちた群衆が溝渠鼠《どぶねずみ》のようになって這《は》い上がって、寒さに震えている。父は散らばった熊手を方附けている処でしたが、容子《ようす》を聞くと、スリが馴れ合い喧嘩をしたのだという。よく、池にも落ちず、怪我《けが》もしなかったことを私は安心しましたが、父はこんな突発的な場合にも素早く、馴れたものでそれというと、葛籠《つづら》の中の売り溜《だ》めを脇に挟《はさ》
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