仕事師の連中が其所《そこ》らの飲食店へ這入って、熊手を店先に立て掛け上がったりしている。何処《どこ》の店も、大小料理店いずれも繁昌《はんじょう》で、夜透《よどお》しであった。前にいい落したが、その頃小料理屋で、駒形《こまがた》に初富士《はつふじ》とか、茶漬屋で曙《あけぼの》などいった店があってこんな時に客を呼んでいた。
 私が帰ると、父は、あれからどうしたという。吉原《なか》へ這入って残った奴を皆《みんな》売りましたというと、それはえらい。俺よりは上手だなどいって大笑いしました。
 都合、すべての売り上げを勘定して、二十円足らずありました。元手と手間をかけると、トントン位のものか。それでも父は大儲けをした気でよろこんでいました。
 この熊手を拵えて売ったことは、そのずっと以前清島町時代に一度やったことがありましたが、私が父の仕事を手伝って一緒に働いたのはこの時の方であった。
 故人になった林美雲《はやしびうん》なども出掛けて来て手伝ってくれました。



底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
 
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