でざか》る。今日のように社の前を電車が通ってはおりません。両方がずっと田圃で、田の畷《あぜ》を伝って、畷とも道ともつかない小逕《こみち》を無数の人影がうようよしている。田圃の中には燈火《あかり》が万燈《まんどう》のように明るく点《とも》っている。平生《ふだん》寂寥の田の中が急に賑わい盛るので、その夜景は不思議なものに見える。時候も今日のように冬に入る初めでなく、陰暦の十一月ですから、筑波颪《つくばおろし》がまともに吹いて来て震え上がるほど寒い。その寒さを何とも思わず、群衆はこね返している。商売人の方はなおさら、此所《ここ》を先途《せんど》と職を張って景気を附けているのです。
しかし、札附きの商売人になると、決して売ることを急がない。なかなか落ち付いたもので、店番の手伝いに任せ、主人はぶらり一帯の景気を見て歩き、そうして、今度の市の相場を視察している。今夜は、八寸から一尺までがよく出るとか、ちゃんと目星をつける。そうして売れる方の側のものは仕舞い込んでしまう。ちょうど、素人《しろと》のすることと反対のことをしている。そうして、売れ向きの悪い方から売って行って、それが売り切れになると、売
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