ある。
「ハハア、とうとうやって来たな」と私は思いました。
所へ、沢田の主人が来た。
「この象牙は熨斗《のし》を附けて差し上げます……」
という前置きで、沢田氏のいうには、
「今日は是非一つ象牙を試みて頂きたく出ましたわけで、かねがね申し上げたが御承知のない処を見ると、象牙に経験がないから謙遜《けんそん》してのお断わりかと思いますが、この材を差し上げることにしまして、彫って御覧になり、思うように行かなくても、御自分の材なら御心配はない。何んなりとお試《ため》しに勝手に彫って下さい。そうしてお気に入ったものが出来ましたら、手前の方へお廻し下さい。すると、手前の方では、象牙の値と、手間とを差し上げます。そうすれば、あなたにも御面倒がなく気楽に仕事が出来るわけ、また私の方でも甚《はなは》だ好都合……実はこういう考えで上がりましたが、是非一つこの象牙を貰って頂きたいものです」
という口上、これには私も沢田氏の行き届いた親切を感謝しないわけには行きませんが、しかし私としては、そうはいっていられない。ここはキッパリするに限ると思い、
「御親切なお言葉甚だ有難く存じますが、実は、私が象牙を手掛けな
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