いことには趣意がありますことです。かねて師匠から小刀を譲られて、今さら、今日に及び生計《たずき》のためと申して、その家業の木彫りを棄《す》てて牙彫りをやるというわけには参りません。打ち開《あ》けたお話をすれば、全く、私は、象牙を嫌《いや》なんです。イヤなのです。どうか、私の趣意をお察し下すって、こればかりは他の方へお廻しを願いたい。このお持ちの象牙も今晩私が担《かつ》いでお届け致しますから、その辺、どうか、悪《あ》しからず……」
こういう意味で私はキッパリと謝絶《ことわり》ました。すると沢田氏という人も理《わけ》のわかった人とて、
「なるほど、さようでありますか、今日まで、あなたが象牙をお手掛けなさらんことについては半信半疑でありましたから、実は今日のようなことを申し出たわけであります。が、只今《ただいま》、お話を承って能《よ》く了解しました。では、象牙のことは今日限り打ち切りまして、やっぱり従前通り、木彫りの方をお願い致しましょう」
と、よく要領を得た答えに私もよろこび、その後相変らず沢田氏の注文で二、三回も木彫りの仕事をしたことがありました。実に沢田銀次郎という老人は商人には珍し
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