何んでもない爺《じい》さま婆《ばあ》さまが、思い掛けなく、金持の息子の養子親となって仕合わせをしたなどいう話があって、これを「徴兵養子」と称《とな》えたものです。毎年この徴兵令のことは打ち続いて行われるのだそうで、国家のため、さらに忌み嫌うべきことではないが、師匠の考えでは、幸吉がこれから三年の兵役を受けることになると、今が正に大事な所、これから一修業という矢先へ、剣付鉄砲《けんつきでっぽう》を肩にして調練に三ヶ年の長の月日をやられては、第一技術の進歩を挫《くじ》き、折角のこれまでの修業も後戻《あともど》りする。親たちの心配もさぞかし。これは如何《どう》してもその抜け道を利用して何んとかこの場を切り抜けて始末をせんければならないと師匠東雲師が先に立って、いろいろ苦心をされ知り合いのうちにこんなことを引き受けて奔走する人があって、その人に相談をすると、次男なら仮りの親を立てれば好い。誰か仮りの親になる人がないかということであった。そこで師匠は直ぐに思い付き、
「それは格好な人がある。私の姉|悦《えつ》が、今日まで独身にて私の家にいる。それに一軒持たして、幸吉を養子に、同時に戸主にしては如
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光雲 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング