何《いかが》でしょう」
というと、その人は、それが好《よ》かろう、しかし、日限が迫っているから、大急ぎという。で、師匠は右の趣を姉お悦に話すと、もちろん承知で、早速、堀田原に、かねてから師匠が立ち退《の》きの用心の家を一軒持っていた其家《それ》へ引き移ることにしたのであった。この事につき万事その人が始末を附けてくれました。

 堀田原の家は二間《ふたま》あって、物置きが広い。お悦さんが籍を移し、私が養子となり、今まで中島幸吉であった私が高村幸吉となった訳であります。私が高村姓を名乗るようになったのは全く徴兵よけ[#「よけ」に傍点]のためであったので、これで一切始末が附いて、私は兵隊にならずに終《す》んだのでありました。今から考えるとこれはあまり良い事ではないようです。
 右の如く、万事都合よく行ったので、師匠は、広小路の万年屋の隣りの花屋という料理屋に骨を折ってもらった彼《か》の人を招いてお礼に夜食のふるまいをしました。私も少し預けてあった金銭もありましたので、それを当夜の費用に充《あ》てるよう師匠に申しましたが、師匠は自分ですべてを支払いました。当夜の勘定その他すべてで十五円位掛かっ
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