当年二十三のものは子歳で、私は正にそれに当っている。何時《いつ》何日《いくか》に扱所に出頭して寸法や何やかやを調べるという布令《ふれ》である。これは大騒ぎ。今日から思うと迂闊《うかつ》極まることではあるが、今日とは物情大変な相違であるから、我々は実に意外の感。まず第一に親たちの驚き。夜もおちおち眠られぬという始末。また師匠の心配。私が兵隊に取られるとあっては、容易ならぬ事件。仕事の上からいっても、仕事先のこともあるから、今、私を取られては仕事その他種々差し支《つか》えがあるというので、当人の私よりも師匠がまず非常の心配をしました。
 そこでいろいろ調べて見ると、其所にはまた楽なことがある。いわば逃《のが》れ道があるのです。というは、総領は取らぬということです。私は事実は総領のことをしているが、戸籍の上では次男でありますから、この逃《のが》れ道は何んにもならない。私は兵隊に取られる方である。ところが、また、次男でも、親を一人持ち、戸主であれば取らぬという。それから、もう一つ、二百七十円政府へ上納すれば取らんというのです。
 それで、金銭《かね》のある人は金を出して逃れる道をした、その当時
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