。夜が明けたら、また何んとかなろうなぞ師匠は私たちにも話しておられたが、ふと、上野で戦争ということで気が附いて困ったことは、ちょうど、そのいくさ[#「いくさ」に傍点]のあるという上野の山下《やました》の雁鍋《がんなべ》の真後ろの処(今の上野町)に裏屋住まいをしている師匠の知人のことに思い当ったのであります。
 その人は師匠の弟|弟子《でし》で杉山半次郎《すぎやまはんじろう》という人、鳳雲《ほううん》の家にて定規通り勤め上げはしたけれども、業《わざ》がいささか鈍いため、一戸を構える所まで行かず、兄弟子東雲の手伝いとなって仕事をさせてもらっていたのでありました。師匠は、この半次郎のことを心配しだしたのであった。
「幸吉、半さんが山下にいるんだが、困るなあ」
「そうですねえ。半さんは、いくさ[#「いくさ」に傍点]の始まるってことを知ってるでしょうか」
「さればさ。あの人のことだから、どうか分らないよ。こっちが先に聞いた上は、一つ、こりゃ半さんに報告《しら》せて上げなくちゃなるまい。夜が明けたら、幸吉、お前は松を伴《つ》れて行って知らしてやってくれ、ついでに夜具|蒲団《ふとん》のようなものでも
前へ 次へ
全13ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光雲 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング