来ては暗くなり、陰鬱《いんうつ》なことであった。

 当時、師匠東雲の家は駒形町にありまして、私は相更《あいかわ》らず修業中……その十五日の前の晩(十四日の夜中)に森下にいる下職《したじょく》の塗師屋《ぬしや》が戸を叩《たた》いてやって来ました。私が起きて、潜《くぐ》りを開《あ》けると、下職の男は這入《はい》って来て、師匠と話をしている。
「師匠、どうも、飛んでもない世の中になって来ましたぜ。明日《あす》上野に戦争があるそうですよ。いくさ[#「いくさ」に傍点]が始まるんだそうで」
「何んだって、いくさ[#「いくさ」に傍点]が始まる。何処でね」
「上野ですよ。上野へ彰義隊が立て籠《こも》っていましょう。それが官軍と手合わせを始めるんだそうで。どうも、そうと聞いては安閑とはしていられないんで、夜夜中《よるよなか》だが、こちらへも知らせて上げようと思って、やって来たんです。どうも大変なことになったもんだが、一体、どうすれば好いのか、まあ、そのつもりで皆《みんな》で注意するだけは注意しなくちゃなりませんね」
など、いかにも不安そうに話している。
 やがて、下職は帰ったが、さて警戒のしようもない
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