持って来てやってくれ」
 こんな話でその夜は寝《しん》に就《つ》きましたが、戦争と聞いては何んとなく気味悪く、また威勢の好《よ》いことのようにも思われて心は躍《おど》る。

 夜は明け、弟弟子の松どんを伴れ、大きな風呂敷を背負い、私は師匠にいわれた通り、半次郎さんの宅へ行くべく家を出ました。
 道は駒形町より森下へ出て、今の楽山堂《らくさんどう》病院の所から下谷《したや》御徒町《おかちまち》にきれ、雁鍋の背後へ出ようというのですから、七軒町《しちけんちょう》の酒井大学《さかいだいがく》様の前を通り西町の立花《たちばな》様の屋敷――片側は旗本と御家人《ごけにん》の屋敷が並んでいる。堀を前にした立花の屋敷の所へ差し掛かると、この辺一帯は溝渠《どぶ》が開いて水が深く、私と松どんとは、じゃぶじゃぶと川の中でも歩くように、探り足をしては進んで行くと、何んだか、頭の頂天の方で、シュッシュッという音がする。まるで頭の側《わき》を何かが掠《かす》って行くような音である。何んだろうと、私は松と話しながら、練塀《ねりべい》へ突き当って、上野町の方へ曲がって行こうとすると、其所《そこ》に異様な風体《ふうてい
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