、真先をかけた人を非常に有難く思い、丁寧に取り扱いました。差し当って酒弁当は諸方から見舞いとして貰った物を出し、明日《あす》は手拭《てぬぐい》に金包みを添えてお礼に行くのが通例です。それで誰もかもジャンというと、それッといって駆け出す。……知人《しりびと》の家が火元に近いと飛び込んで見舞いの言葉を述べる。一層近ければ手伝いをする。それで、今の小遣《こづか》いを貰い、帰りには、それで夜鷹《よたか》そばを食ったなどと……随分おかしな話しですが、それも習慣です。というのも、畢竟《ひっきょう》町人が非常に火事を恐怖したところから、自然、大勢の人心を頼みにしました。何んでも非常の場合とて、人手を借りねば埒《らち》が明かない。それで、一般に町人の若い者たちは、心掛けの好いものは、手鍵《てかぎ》、差し子、草鞋《わらじ》、長提灯《ながぢょうちん》に蝋燭《ろうそく》を添えて枕頭《まくらもと》に置いて寝たものです。
 普通、女、子供であっても、寝る時は、チャンと衣物の始末を順よくして、ソレ、火事というと、仕度の出来るように習慣附けたものであった。特に、火事を重大視した実際的な証拠として、一旦、その家を勘当
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