活を仕切る壁であつた。
 私が山王山を知つてから、いづれも生活の敗残者であらう、この森の中で、首縊《くびくゝ》りが二人ばかりあつた、人目を避けるに、都合がいゝとは言ひながら、不思議なことに、死ぬ人は原始的に安息な自然を選ぶ、川や海に身を投げる人と森の中で縊《くび》る人と。
 今となつてみると、新雪の輝やく富士山がよく見えぬからと言つて、出洒張《でしやば》つた杉木立の梢を恨《うら》んだのは、勿体《もつたい》ない気がする。
 私は毎朝起きると、二階の戸を一二枚開けては、向ふの森を見る、樫の木は黄味の克《か》つた、薄赤い葉をつけて、枝が傘をひろげたやうに、丸くなつてゐる、杉の鮮やかな新芽は、去年ながらの黒く煙つたい葉の上に、青い珠《たま》を吐いてゐて、腕ツ節の強さうな、瘤《こぶ》だらけの黒松が、五六本行列はしてゐるものゝ、その木と木の間ががらんとして、森にあるべき茂味《しげみ》といふものがまるでない。
 さうして、その空地や、新しく均《な》らされた土の上には、亜鉛屋根だの、軒燈だの、白木の門などが出来て、今まで真鍮《しんちゆう》の鋲《びやう》を打つたやうな星の光もどうやら鈍くなり、電気燈が晃
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