しまふ、今までは私の宅の周囲も、森林で厚肉の蒼黯《あをぐろ》い染色硝子《ステインドグラス》を立てゝゐたが、一角だけを残して、殆んど全部が、滅茶滅茶に破壊された、亡び行く森の運命を予言して、引き留める袂《たもと》を振りちぎつて、後を晦《くら》ました巫女《みこ》のやうに、梟も何処へやら影を隠したと見え、啼き声も、一両年前から聞えなくなつた。
 自然界にも怖るべき革命が来たのだ、森林といふ原始の自然は、今迄は此《この》山王山を繞《めぐ》る外廓となつて、下町から来る塵埃《ぢんあい》を防いでゐた、烈しい生存競争から来る呻り声も、此森林の厚壁に突き当つては、手もなく刎《は》ね返されてゐた、したが人間の生活といふ濃厚な低気圧は、森の中を目がけて、面も振らずに突進する、森林の壁一重を隔てゝ、内には寺院があり、墳墓があり、孤児院と救護所があり、赤い旗を立てた、山桜の美しく咲く稲荷《いなり》がある、外には工場があつて、煙突から煙を吐き、自動車が臭い瓦斯《ガス》を放散して時には人を引き倒して、後をも見ずに駈け出す、芝居と、遊廓と、待合と、料理屋があつて、そこに、「悪の華」が咲いてゐる、森は動的生活と、静的生
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