の窪地にある、かういふ部落が、新開港場の横浜にあるのは、珍しい、さうして下町の「文明人」よりは、彼等の方が、土地の草分けをした先入主人ではないかと思はれる。
彼等は森林で衣食こそしてゐないが、大概森林の蔭で、ジメ/\した、生活をしてゐる、今でも森の下道の、谷に落ち込んだところを瞰下《みおろ》すと、菜の花や青麦の畑が少し許《ばか》りあつて、その傍の一軒家には、風呂桶も置いてあれば、臼も転がつてゐる、森に人声がすると、飼犬がムヤミに吠《ほ》えたてる、さうして森の侵入者を追ひ返さうとしてゐる。
併し下町は、侵入者と侵入者が、鎬《しのぎ》を削つて、追ひつ追はれつ、入り乱れてゐる、電車線の一端が夕日に光つて、火に舐《な》められたやうに赤くなりながら、ずん/\森の中まで延《の》しかゝつて来た、戸部線の電車が、ビユウ/\呻《うな》り初めてからといふものは、死滅を宣伝する皺嗄《しやが》れ声が、森の方々から走つて、鋸や規尺を持つて入り込むものが、毎日|殖《ふ》えて、森の中でも目ぼしい木は、鋭い利鎌《とかま》で草でも薙《な》ぐやうに伐《き》り仆《たふ》され、皮を剥がれ、傷つけられ、それから胴切にされて
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