暮に、久保山の人焼く煙を、疎林の中の逍遥に見たこともある、秋の末から冬になると、何々谷戸といふ特種の部落に属する人たちの若い娘などが、落葉籠をしよつて薪を折りに、林の中をうろついてゐるのに出遇ふ。
私は中学校の裏から、久保山へ抜ける森の中の落葉道で、その一人にひよつくり遇つたことがある、継ぎ剥《は》ぎの衣物《きもの》ながら、頸《くび》から肩へかけて、ふつくらした肉の輪廓が、枯れ残つた櫨《はぜ》の赤い葉蔭に、うす暗く消えて、引き締つた浅黒い円味のある顔にパツチリとした眼が、物思はしげに見えた、無言で行き遇つて、無言で通り過ぎたが、ツルゲネフの少年時代に、森蔭で農奴《サアフ》の少女に、髪の毛をいぢられたことを、四十年も後になつてから、生々と描いてゐることを憶《おも》ひ出した。
山王山から久保山に亘つて、森の中は静かではあるが、空気は冷たくない、森の戸《ドーア》を開けて入ると、地形がおのづと幾つもの室を作つてゐる、森の茂つてゐるところは、大概高地で、そこから落ち窪んだところは、池になり、畑になり、又谷戸にもなつてゐる、豚谷戸だの、乞食谷戸だのといふ綽名《あだな》があつて、特殊の部落も、そ
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