雨が鞦韆《ブランコ》のやうに揺れる、椽側《えんがは》に寝そべりながら、団扇《うちは》で蚊をはたき、はたきする、夏の夜など、遠い/\冥途《めいど》から、人を呼びに来るやうな、ボウ、ボウと夢でも見るやうな声が、こんもりした杉の梢から、あたりの空気に沁み透つて、うつゝともなく、幻ともなく、神経にひゞく、「梟《ふくろふ》が啼《な》き出したよ」と、宅の者はいふ、ほんとうに梟であるか、どうか、私は知らないが、世にも頼りのなさゝうな、陰惨たる肉声が、黒くなつた森から濃厚な水蒸気に伝はつて、にじみ出ると、生活から游離された霊魂が、浮ばれずにさまよつてゐるのではなからうかと思はれて、私は大地の底へでも、引き擦《ず》り入れられるやうに、たゞもう、味気《あぢき》なく、遣《や》る瀬のない思ひになつてくる。
それよりも秋の夜は、箱根大山辺からの、乾《から》ツ風が吹き荒《すさ》んで、森の中の梢といふ梢は、作り声をしたやうに、ざわ/\と騒ぎ立ち、落葉が羽ばたきをしながら、舞ひ立つて、夜もすがら戸を敲《たゝ》き、屋根を這《は》ひずり廻る、風の無い夜は、朝起きて見ると、森の中一杯に剣の光を含んだ霜が下りてゐる、その夕
前へ
次へ
全10ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング