楢の中でも、私は殊にコナラの葉を美しいと思ふ、先の尖《とが》つた篦《へら》形の葉の縁辺を、鋸《のこぎり》の目立のやうな歯と歯が内向きに喰い込んで、幾枚となく小さい掌を重ねたやうな若葉が、上になつたり下になつたりしてゐる戯れを、もどかしさうに見下して、黒松が大手をひろげて、虚空をぴたりと抑へつけてゐる、黒ツぽい程、濃緑の松の葉の傘は、大概楢よりも高く挺《ぬ》き上つて、光線を容易に透《とほ》しさうもなく、大空にひろがつてゐる、森の中をさまよひながら、楢の葉の大波を掻《か》き分けて行くと、方々にこの黒松の集団が、印度藍《インヂゴー》の岩壁のやうに突つ立つてゐる、それが疎《まば》らの林を、怖ろしく厚ぼつたくも見せるし、又遠くからは、青空に黒く塊《かた》まつた怪鳥のやうにも見える。
春の宵は、森の中が寝静まつたやうにひつそりとして、青葉若葉の面が、霞がかゝつたやうに曇つて来る、冷たい、水のやうな、浅黄色の空は、下弦の月が黄金色に光つたときは、柔かい吐息が、あの銀色をした温味のある白毛の衾《しとね》から、すやすやと聞えやうかと耳を澄ます、五月雨《さみだれ》には、森の青地を白く綾取《あやど》つて、
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