るなり、おもひみる天風|北溟《ほくめい》の荒濤《くわうたう》を蹴り、加賀の白山を拍《う》ちて旋《か》へらず、雪の蹄《ひづめ》の黒駒や、乗鞍ヶ嶽駒ヶ嶽を掠《かす》めて、山霊《やまたま》木魂《こだま》吶喊《とき》を作り、この方寸|曠古《くわうこ》の天地に吹きすさぶを、永冷《ひようれい》[#「永冷」はママ]歯に徹し、骨に徹し、褞袍《どてら》二枚に夜具をまで借着したる我をして、腮《あご》を以て歯を打たしむ、竟《つひ》に走つて室に入り、夜具引き被《かづ》きて、夜もすがら物の怪《け》に遇ひたる如くに顫《おのゝ》きぬ。
翌朝四時十五分といふに、床を蹴る、未だ日の出を見ずして、大島、利島、御蔵島の、糢糊《もこ》の間に活《い》きて游ぶにあらざるかを疑ふ、三浦半島と房総と、長虫の如く蜿《う》ねりて出没す、武甲の山は純紫にして、蒸々たる紅玉の日、雲の三段流れに沁《し》み入りて、眩光《げんくわう》を斜に振り飛ばすや、劒ヶ峰の一角先づ燧《ひうち》を発する如く反照し、峰に倚《よ》れる我が髭《ひげ》燃えむとす、光の先づ宿るところは、棟《むね》高き真理の精舎《しやうじや》にあるを念《おも》ふ、太陽なる哉《かな》、我
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