、未だ午前《ひるまえ》であったが、これからいよいよ北岳登りになるのだから、一行は高山植物の草原に足を投げ出して、塩のない、皮の固い結飯《むすび》を喰い初めた、福神漬の菜《さい》に、茶代りの雪を噛んだが、喉《のど》がヒリつくので、米の味も何もなかった。それでも東に甲府平原と、それを隔てた富士山、西に伊那平を踏まえている木曾駒山脈、北の仙丈岳と駒ヶ岳、近くに北岳を仰いで、昼飯を済ました心持は、悪くはなかった。
雪田に沿いて、北岳に向う、先に尖った筋と見たものは、皆一丈もあろうという岩石の重畳で、五つか六つ石が堆《うずた》かくなっているように見えたのは、岩石で組んだ立派な峰《ピーク》であった、その中でも、巨岩が垂直線に、鼻ッ先に立ちふさがっているところは、身を平ったく、岩と岩の間を潜ったり、這《は》ったりした、およそ間の岳から北岳の峰までの、石の草原には、深山薄雪草《みやまうすゆきそう》、深山金梅《みやまきんばい》、トウヤク竜胆《りんどう》、岩梅《いわうめ》、姫鍬形《ひめくわがた》、苔桃《こけもも》などが多いが、その中で、誰の目にもつくのは、長之助草である、この偃地《えんち》性の小灌木は、
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