陀の来迎はこれだ、侏儒《いっすんぼうし》のような人間が、天空に映像されたときに、このような巨人となったのだ、我らが手を挙げると、向うでも挙げる、金剛杖を横縦《よこたて》に振り廻わすと、空の中でも十字架を切る。暁を思わせるうす紅色で、雨気を含んだ虚空に、浸み透るように、暈《ぼか》して描かれた自分たちの印画は、この大なる空間を跨《また》いで、谷間へと消え落ちた。
 この山の上で、朝から夕立に遇っては堪まらないと、多年山登りの経験から気がついて、呆れ顔の導者を促して路を急ぐ、岩角を上ったり、下ったり、偃松や黄花石楠花の間を転がるようにして走ったが、その間に幻影は消え消えながら、三度出た、しかし心配ほどもなく、霧は奇麗《きれい》に拭われて、雨にはならなかった。
 間《あい》の岳《たけ》は大断崖を隔てて北に聳えている、北岳はここからは見えない、峻急な山頂の岩壁を峰伝いに北に向けて直下する。間の岳はもう眼の前に立っている、山の空気が稀薄で透明になっているから、それが近いように見えていて、歩くに遠いのが解る。
 雪で釉薬《つやぐすり》をかけたように光る遠くの山々は、桔梗《ききょう》色に冴《さ》え渡っ
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