―谷川の流れる末に、巣くう人里などは、考えるさえ、まだ遠いのである。
二等三角点に添って、西へと向き、見上げるような、岩の障壁を攀《よ》じると、急に屏風が失くなったようになって、北の方から、待ち構えていた冷たい風が吹きつけて来る、強い風ではないけれど、遠くは北の方、飛騨山脈や、近くは西の方木曾山脈の山々の、雪や氷の砥石《といし》に、風の歯は砥《と》がれて、鋭くなり、冷たさがいや増して、霧を追いまくり、かつ追いかけて、我らの頬に噛みつくのである、我らは吹き込む風の中心になったようで、その冷たさと、痛さとに慄《ふる》えながらも、山稜《リッジ》を伝わって行く。岩は鋼鉄のように硬くなりながらも、イワベンケイ、ミヤマダイコンソウ、ムカゴトラノオなど、黄紫のやさしい花を、点々とその窪洞《うろ》に填《う》めながら、ギザギザに尖っている輪廓を、無数に空に投げ掛けている。
西へ西へと、伝わって、一山超えると、また一山が、鋭い鑿《のみ》で穿《く》りぬいたように、大曲りに蜿《う》ねった山稜《リッジ》を、連鎖にして、その果に突立っている、仰ぐと、西の天は雲が三万尺も高く、堆《うずたか》くなって、その隙間に
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