《おどろ》いて立ち上った、霧がいつの間にか深くなっていた、油紙は雨に遇ったように湿めっている、冷《ひ》やりと手に触れたので眼が醒める。

    山の肌(間の岳の雪田に到る)

 朝起きて見ると、霧がまだ深い、西の方がまだしも霽《は》れていて、うすくはあるが、明る味がさす、東天の山には、霧が立て罩《こ》めて、一行はこの方面に盲目になった、日は霧の中をいつの間にか昇っている、冷たい白い月のように、ぼんやりとして、錫《すず》色の円い輪が、空の中ほどを彷徨《さまよ》っている、輪の周囲《まわり》は、ただ混沌として一点の光輝も放たない、霧の底には、平原がある、平原の面《プレーン》は皸《ひび》が割れたようになって、銀白の川が、閃めいている、甲府平原は、深い水の中の藻のようにかすんで、蒼く揺《ゆら》めいているばかりだ。
 この連日、峰から峰を伝わっているので、水がないから、顔も洗われない、焚火で髭《ひげ》を焼いたり、その焚火の煤煙や、偃松の脂《やに》で、手も頬も黒くなったり、誰を見ても、化かされたような顔をしている、谷へ下りたい、早く谷へ下りて、自由に奔放する水音が聞えたら、まあどんなに愉快だろう―
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