徒渉をやる、つづいて二回の小徒渉をやる。深いところは、稀に膝以上まで水が来るが、頭の平ったい、太鼓の胴のような大岩や、頭だけ、微《かすか》に水面に露している石が、入り乱れて立ったり、座ったりしているから、大概は、石伝いで飛ばされる。そうして、水はこれらの石の間を潜り、上を辷って蜿《う》ねる。細い皺《しわ》が網を打ったようにひろがる。さざ波は綱の目のように、水面に織られる。その大網の尖端は、紐《ひも》のように太く揺れて、アール・ヌーボー式の図案に見るような、印象の強い輪廓を作って、幾筋となく繋がっては、環《わ》を作る。やがて柔らかな大曲りをして消える。痕《あと》を残さない、濃さと淡さの碧が、谷から舞い上る霧のほむらに、ぬらりと光る。さわると、鱗《うろこ》でも生えていそうな水だ。いかにも足が冷たい。膝がざぶりと入った……その中に、尻まで深くなる。ここを「捩《ね》じれ窪《くぼ》」というそうだ。霧は、頻に、頭の上を飛ぶ。空気も、その重さに堪えないで、雨を、パラパラ落して来る。
次第に、谷が蹙《せま》って来る、水は、大石の下に渦を巻く。深いところは紫を浅いところは藍を流している。白い沫《あわ》
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