西俣の谷とは、下流三里のところで一つになり、初めて田代川――馬子唄で名の高い、海道一の大井川の上流――となって、西南の方向へと、強い傾斜を走って行くのである。
晃平は、前の川へ釣綸《つりいと》を垂れて、岩魚《いわな》一尾を得た。これをぼつぼつ切にして、麩《ふ》と一緒に、味噌汁にして、朝飯を済す。それから、昼弁当の結飯《むすび》をこしらえ、火に翳《かざ》して、うす焦げにして置いて、小舎の傍から※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》って来た、一柄五葉の矢車草の濶葉に一つずつ包む。何という寛濶な衣であろう、それをまた……おそらく、谷初まって以来であろう、燃えるような、紫の風呂敷に包ませて、出かける。
谷といっても、旱《ひでり》つづきの時は、水が涸《か》れて、洲が露《あらわ》れるし、冬になれば、半分ほども水が落ちるというのに、今までの雨つづきで、水は、嵩《かさ》にかかって、蜥蜴《とかげ》色に光りながら、迅《はや》り切って流れている。膚《きめ》の細《こまか》い、黄《きいろ》い石や、黒い石の上を辷《すべ》ると、思いなしか、沈んだ、冴えた声をして、ついと通る。この谷を一回、大きい
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