分けが出来た、頂は存外変りがなかった。
 そうして一行は東俣谷の、オリットの小舎《こや》に着いた、私が恐い、怖ろしい念《おも》いをしながらも、もう一遍後髪を引かれて見たいとおもった小舎の前の深潭《しんたん》は、浅瀬に変って、水の色も、いやに白っちゃけてしまった。
 ここを出立点として、改めて稿を次ぐ。

    川楊(大井川の上流)

 前夜は、東俣の谷へ下りて、去年と同じくオリットの小舎に野宿をした。
 今朝は、四時半に眼がさめる。禽《とり》の、朗かに囀《さえ》ずる声は、峰から峰へと火がつくようである。寝泊りした小舎の頭の、白花の咲く、ノリウツギの間からも起る。サルオガセの垂れる針葉樹の間からも、同じように起る。この声の行くところ、水と、石と、樹と、調子を合せて、谷間の客を揺り起す。間《あい》の岳《たけ》(赤石山脈)の支峰だと晃平のいう蝙蝠《こうもり》岳は、西の空に聳《そび》えて、朝起きの頭へ、ずしりと重石を圧えつける。
 小舎の前の渓水に嗽《くちすす》ぐ。水は、南へと流れる。当面の小山を隔てて、向《むかい》は、西俣の谷になる。私たちの、これから溯《さかのぼ》ろうという、東俣の谷と、
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