これじゃあ、森林などというほどではなかった、霧の嘘つき! と嘲った。
温泉はやはり、新湯に泊まった、去年(四十年)秋、笹子峠のトンネルを崩壊し、石和《いさわ》の町を白沙の巷《ちまた》に化して、多くの人死を生じさせた洪水は、この山奥に入ると、いかばかりひどく荒れたかということが解る。温泉附近の路が酷《ひど》くくずれている、宿の前で嗽《うが》いをした筧《かけひ》の水などは、埋没してしまっている。
例の晃平を主として、四人の猟師を雇って出発した。
早川から黒河内《くろこうち》、榛《はん》の河原、それから白剥《しらはぎ》山と、前年の路を辿《たど》ったときに、洪水からの荒廃は一層甚だしかった、まるで変っている、川筋はもとより、山腹の道などは、捩《ね》じり切って、棄てたように谷に落ちている、大村晃平、同富基、中村宗義などいう、土地で名うての猟師を連れたのだが、どのくらい路を損したり、無益に上下したかは解らぬ。
白剥山の入口などは、解らなくて、森の中を一行が、離れ離れに迷うばかり、滝上《たきのぼ》りまでもやった、一時は絶望に近かった、しかし山腹に辿りついてからは、去年の路が、微《かす》かに見
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