寺の裏から、去年とは違った道――北海とも、柳川《やかわ》通りともいうそうだ――を登った、そうしてデッチョウの茶屋の前で、去年の登り道と一ツに合った。
このたびは霧がなかった、紫の花咲くクカイ草、蘭に似た黄色の花を垂れるミヤマオダマキが、肉皮脱落して白く立っている樅《もみ》の木を、遠く見て、路傍にしなやかに俯向《うつむ》いている、熊笹が路には多い。
四方の切れた谷を隔てて、近くに古生層の源氏山を見る、去年は、どうしてこの山が、気が注《つ》かなかったろうと思う。
峠が上り下りして、森らしくなる、杜鵑《ほととぎす》がしきりに啼く、湯治の客が、運んだ飜《こ》ぼれ種子からであろうが、栂《つが》の大木の下に、菜の花が、いじけながらも、黄色に二株ばかり咲いていた、時は七月末、二千|米突《メートル》の峠、針葉樹林の蔭で!
苔一面の幹を見せて、森の樹の蔭には、蘭が生え、シシウド、白山|女郎花《おみなえし》、衣笠草などが見える、しかし存外、平凡な峠だ、樹も思ったより小さいし、谷は至って浅い、去年の霧の中に炙《あぶ》り出されたものは、梢一本さえ、どこに深く秘されたのだろう、夢から醒《さ》めたようだ、
前へ
次へ
全70ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング