け》下野《しもつけ》の連山は、雲を溶かして、そのまま刷毛《はけ》で塗ったのではないかとおもうような、紺青色をして、その中にも赤城山と、榛名山が、地蔵岳と駒ヶ岳の間に、小さく潜んでいた、その最右端に日光連山、左の方に越後の連山がぼんやりとしていて、先刻《さっき》吹き寄せられた雲の名残か知らん、氷のようなのが、幾片となく、その辺の頭をふわりと漂っている、午《ひる》を過ぎたが、濃い透明の空は、硝子《ガラス》で張り詰めたようだ、黄色の日光が、黄花石楠花を蒸して、甘酸ッぱいような、鼻神経《びしんけい》をそそるような匂いとも色ともつかないのが、眼から鼻へと抜ける、頭がボーッとする、これでも踏む土の一部分だろうかと思うようだ、残雪は幾筋となく、壁間を放射して、緑の森林の中へ髪の毛を分けるように、筋目をつけて落ちている、ただ北アルプスの大山脈は、雲に閉じられてしまって、いつまで経《た》っても出て来そうにもない。
 金剛杖が石にカチリと当る、金属性の微かな短い音がしてコロコロと絶壁の下に転げ落ちる、どこを見ても絶壁! 墜石!
 三角測量標の直下には、誰かが前に土を均《な》らした痕のある、野宮地には誂《あ
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