》えて、金剛杖さえ持つ力がなかった。
 焚火焚火、人々は手足の関節から、血の循環《めぐり》が一秒一秒止まったように、意識された、今凍えて行くのだということも解る、早くどうかしろと神経が知らせてくれる、誰の顔を見ても、蝋のように白い、マッチ箱は燐寸《マッチ》一本さえ、烟を立てることなしに、空《から》になったほど、何もかも、ビショ濡れになった。
 だが晃平一人はウンと踏ん張った、
 心配するなッ、犢鼻褌《ふんどし》を焚《や》いたッても、お前方を殺すことじゃあねえぞ。
と、その赤銅色の逞ましい顔を、一行に向けて爛とした目から、電が走ったときは、一行に大丈夫という観念を与えた、彼は鉈《なた》で杖を裂いた、杖の心《しん》まで雨は透っていないから、細い粗朶《そだ》が忽ち出来る、燻《いぶ》してどうかこうか火が点《つ》いた、そうすると白烟が低い天幕の中を、圧されて出る途がないので、地を這いずった、高頭君は息を窒《つ》められて、ヒョロヒョロと仆《たお》れた、避けようとした私はジリッと焦げ臭く髯《ひげ》を焼かれた、堪《た》まらなくなって天幕の外へ首を出すと、偃松の上は、吹雨《しぶき》の柱が、烟のように白く
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