ながら、喘《あえ》ぎ喘ぎ登る、霧は大風に連れ、肉を截《き》り削《そ》ぐばかりの冷たさで、ヒューッと音をさせて、耳朶を掠めた、田村氏の帽子は、掠奪《ひった》くられたように、向うの谷へ抛げ出された、製造場の烟突からでも出そうな、どす黒い綿のような雲が頭から二、三尺の上を呻《うな》って飛び交う。花が光を、川は音楽を失った、ソラッ暴雨《しけ》だッ、というときには、眼も口も開けられないほどの大雨が、脳天からかけて、人間を石角に縫いつけた、そうして細引のような太いので、人間を毬《まり》のようにかがる、片足を擡《もた》げれば、擡げた弱点から、足を浚《さら》って虚空へ舞い上げそうな風が、西から吹きつける、誰だって血の気の失せない人はなかった、どこへ遁《に》げようとか、どこが安全だとかいうような余裕が、この際誰にもなかったので、我がちに岳の下の偃松の穴へ――野営としてきわめて不適当ではあったが――一人ずつ飛びこんで、偃松の根許へ這い込んだ、この刹那《せつな》は、私の頭の中も、暴風雨の荒《すさ》むように不安であった、油紙の天幕を枝と枝との間に低く張って、四ツ足の人間を、この中に這わせた、寒さに手も凍《こご
前へ 次へ
全70ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング