大多数から、少量をつまんで、年代また年代と、築き上げて作製した、百万年の壁画が、落ちた。
 寂しさは、人の心の空虚を占領した。
 鼠色の凶兆《しらせ》はあった、それから間もなく、疾風豪雨になって、一行は、九死一生の惨《みじ》めな目に遇《あ》わされた。

    石・苔・偃松(白河内岳に登る記)

 野営を撤して、濡れそうなものは油紙で包み、岩伝いに北を向いて、大籠山《おおかごやま》と後で名をつけた一峰に達した、三等三角測量標が立っている、霧が吹雨《しぶき》を浴びせかけて、顔向けも出来なかったが、白峰山脈で、初めての三角標に触れたのだから、ちょっと去りにくい気がした。
 それから北西に向って、一つ支峰を越えると、鉢形に窪んだところがあって、白山一華《はくさんいちげ》の白と、信濃金梅《しなのきんばい》の黄とが、多く咲いている、チングルマの小さい白花、赤紫の女宝千鳥《にょほうちどり》などで、小さい御花畑を作っている、霧の切れ目に、白河内岳が眼の前に、ぼんやり現われた、足許は偃松《はいまつ》の大蜿《おおう》ねりで、雲は方々の谷から、しきりに立ち登る、太古の雲が、初めて山の肌に触れたのは、この辺
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