る、杭に纜《もや》われた小舟が、洪水に飜弄されるように、油紙の屋根が、ペラペラ動く。
何時だか、時計を出すのも臆劫《おっくう》だ、朝だか夜中だか解らない。
尻に敷いた褥《しとね》は、可愛らしい高山植物で、チングルマの小さい白花、アカノツカサクラの赤い花などが、絨氈の斑紋になって、浮き上る、焚火の影に、鮮やかな織目を見せる。
早く日の目が見たい。
早く穴の中から這い出したい。
同じ思いが、仲間の顔色に読まれる、飯を炊くのに、未だ時間がある、思い切って天幕から一、二間歩き出した、岩を二ツ三ツ飛び越えて、次第に爪先が上る、無辺無限の単調《モノトニイ》の線が、どこへ繋《つな》がって、どこへ懸っているのか、解らない……やはりあの空線の一つを辿っている。
天幕が霧の中に、小さくぼんやり見える、四ツ柱に、油紙がぺらぺらとして、田舎の卵塔場《らんとうば》のようだ、今まで、あそこに寝ていたのか知ら……この霧と雨の中を、たった紙一枚の下に……火光がパッとさす、霧の水球《みずたま》が、美しい紫陽花《あじさい》色に輝いたかとおもうと、消えた。
稜角の端まで這い出して、小さい阜《おか》――古代の動
前へ
次へ
全70ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング