小坊主がちょこちょこと歩んで来て、人の寝息を窺ったのを、微《ほの》かに知っている、眼を覚ますと、スーッと白い霧の中へと飛んで、羽ばたきの影が、焚火に映ったようだ。
寒いので仲間が、入れ代りに眼をさます。猟師は、焼木杭《やけぼっくい》に烟管《キセル》をコツコツ叩きながら、
今がた雷鳥が何羽も出来やした。
と話す。
霧はフツ、フツと渦巻く、偃松に白く絡んで、火事場の烟でも立つように、虚空を迷っている、天幕《テント》の屋根の筋目から仰ぐと、暗灰色の虚空《そら》が壁のように狭くなって、鼻の先に突っ立っている、雨と知りながらも、手を天幕の外へ出すと、壁から浸染《にじ》み出る小雨に、五本の指が冷やりとする、眼がやっと醒《さ》める。
ゆうべは月がちょっと冴えたのに……雨かなあ。
と仲間の一人が欠伸《あくび》をして言う。
そのときは、富士山が、怖ろしく大きく見えたが、見ているうちに、細くなって莟《つぼ》んでしまった。
……いやな、霧だなあ。
と、私は嘆息する、天地の間には、風が吹くのでなければ、霧が流れるのだ、そのたびに、天幕の中へ、ザアと小粒の雨がそそぎ入る、柱代りの金剛杖が、キュッと呻
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