雲と霧と入り乱れて、フツ、フツと山上目がけて来る、その裂け目から谷を隔てて赤石山脈の大嶺、その間に、また谷を隔てて早川の連嶺が、幾析となく重なって、不安な光輝を放っている。
幾重の雲の中から、名の知れない山の顔が……肩から肩へと、腮《あご》を載せて、私を冷やかに見ている。
もう遁《に》がすことではないぞよ。
耳許で嘲笑《あざわら》いされたり、私語《ささや》かれるような気がする。
私は先んじて上った、幸いに偃松が薄くなった、それを破って、岩石が醜恠《しゅうかい》の面を擡《もた》げている、その岩石のつづく先は、霧で解らない、私は岩伝いに殆んど直線にグングン這い上った、霧はもう深林の中でのように、キュッというような、柔《や》さしい※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]き方ではない、ヒューと呻《うな》って、耳朶を掠《かす》めて行くのだ、無論荒ッぽい風に伴って来るのである、私はその風を避けて面を伏せようとして、岩の罅《か》け目に、高根薔薇《アルペン・ローズ》が、紅を潮《さ》して咲いているのを発見した、匂いがいかにも高い、私はこのときほど、高山植物の神秘に打たれたことはない、白花の石楠
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