マウンティニアー》でなくては、想像の出来ない、世間も、人間も忘却した、心底からこみ上げて来る嬉しい声が、この一株を繞《め》ぐって起った、白峰の雪は白い、その雪解の水を吸って育った、石楠花の白花は、天風に芳香を散じて、深林の中に孤座している、西の国のアルプスの人たちが、石楠花を高山薔薇《アルペン・ローズ》と呼ぶのも無理はない、私は何よりも懐かしい石楠花に、そっと接吻した、足許を見ると、黄スミレも咲いている、偃松が始めて見えた、久しぶりの知音が、踵《きびす》を接して、ドヤドヤと霧の扉を開けて、顔を出して、手招きをしている。
偃松は、もう白檜帯と、一線を劃《かぎ》った、その境目から下は灰色で、上は黯緑だ、黯縁の偃松は、山の峰へ峰へと、岩石を乗り越え、岩壁の筋目へと喰い入り、剃刀のような脊梁《せきりょう》を這って、天の一方へと、峰のそそり立つところまで、這い上っている、偃松の中には、風で種子を飛ばされたと見える白檜が、一、二本、継子扱いをされたように、悄然とサルオガセを垂れながら、白く骨立っている、弱きものにも寄生する更に弱きものがある、顧れば白檜帯は、脚下に圧しつけられ、背丈を揃えた庭の短
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