るのであるが、段々暗い地の底へ吸い込まれるようだ。
 向って蝙蝠《こうもり》岳の残雪が、銀光りに輝いて、その傍に三角測量標が、空を突いて立っている、間《あい》の岳《たけ》(赤石山脈)は森に隠れて見えない、冷い風が、暗い穴からでも来るように、ひいやりと吹く、鳥はひんから、ひんからと、朗らかに囀ずる、登るに随って、蝙蝠岳はほぼ正西《まにし》に、間の岳は北西に、いずれも残雪白く、光輝を帯ぶ。
 稀に痩せた白樺が交って来た、傾斜は二十五度位であろう、幸いなことには、岩が少なくて、黒く滑らかな土ばかりだから、足の躓《つまず》くおそれがない、白檜《しらべ》も現われて来た、痩せ細って、痛々しい、どこを見ても、しッとりした、濡れたような、温味がない、日は天に冲《ちゅう》して、頭の直上に来ているが、深林のために強烈な光線が、梢に遮られ、反抗されて、土まで落ちて来ない、峡谷の底は見えないが、サルオガセを長く垂らした針葉樹が、梢と梢とを抱き合い、すくすく躍《おど》って、私たちに向って来る、その茂りの下から、水の声が、ザーッと、雨でも流すように、峰を伝わって追いかけて来る、間の岳と蝙蝠岳とは、いつしか峰つづき
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